昔話(4) 就職後 1980年代(1)
卒業後某社の技術研究所に配属されて、機械研究室という部署が居場所だった。
ここでは、機械屋としてロボット、人工知能、Ultra High Pressure Water Jetの研究開発を任され、あれこれとコンピュータを触る機会が増えた。
本体は本社に置かれていたものの、TSS端末で使ったFACOM M360といわゆるスーパーコンピュータVP-100。
計算結果を研究所内のPrime Computer Prime400(だったかな?)に持ってきてプロッターで図化するとか・・・。ちなみに写真の本体左の洗濯機のように3台並んでいるのはdisk装置で、1台あたり500MBだったように記憶している。
(500MBだよ、500MB。0.5GBなんて今じゃUSBでもそんなのは無い)

他にデスクトップで順番待ちだったのはHP9845B。これは学生時代のHP-85と同じような計測機器を接続したり出来、モニター(グリーンモニター)一体型で超便利だった。
論文や社内の文書を作成する際はPC-9801シリーズでCPUはIntel 8086だったかな。
ワープロは一太郎が急激にシェアを伸ばし始めていた時代で、これを使っていた。
Fontの縦倍角や横倍角の表示は懐かしい。
そろそろ個人でも普通にPCが買える時代になり、自分でもPC-9801VMを買ってCPU V30(8086コンパチ)に演算プロセッサi 8087を追加でセットして計算させたりしていたが、何しろ外部記憶は50MBの外付けHDDや5inchフロッピーだったので不便極まりなかったが、コンピュータパワーを独占できることは学生時代を考えても画期的なことだった。


一太郎に関して言えば、当時ワープロ専用機などもあったが、
普通のPCにinstallできて使えるS/Wだったことが画期的で、能力的には「松」やJX-Wordと大差なかったが、組み込まれるATOKという漢字プリプロセッサが超優秀だったのだろう。結構、高価だったので海賊版やコピープロテクトを外すのに躍起になっていた人も同年代では多いはずだ。